空と風

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大杉博氏と邪馬台国四国山上説

邪馬台国・四国山上説」を唱えている大杉博という方がいます。
この方の説の印象を大雑把に言えば、半分は説得力があり半分は疑問、という感じです。
トンデモ本」扱いしている方も多いことでしょう。
「思い込み」と「強引な展開」が多いからです。

 

たとえば、ご自分のある説の根拠を説明するときに、「~とする理由は次の通りである」として、

 

「~という意味と思われる」「~であった可能性がある」「~を暗示しているのである」
「~と言われている」「~ではないかと想像する」「私には、そう思えてならないのである」
「訴えているように思えるのである」「~に思えて仕方がないのである」
「~であったと伝えられている」

 

というような文章(その他半分くらいは断定的ですが)を延々続けた後で、

 

「いろいろ列挙したが」「これだけ多くの理由があれば」「~と断定してもよいと思われる」

 

などと書くのです。

 

これでは???と思われても仕方ないでしょう。
私としては、そういった部分を“減らせば”もっと賛同者が得られると思うのですが。

 

邪馬台国はまちがいなく四国にあった』という本に、三浦大介氏が「本書の刊行に寄せて」という文章を載せており、その中で、大杉説に対する他の学者や研究者の反応に“学問的でない”“信念にもとづいたフィクション”というものがあることを紹介しています。
ただし、大杉氏に言わせれば、
“全国の学者や研究者との比定地論争では例外なく相手が沈黙してしまう”
のであって、自説には絶対の自信をのぞかせています。

 

イメージ 1

 

大杉氏によれば、これまで全国61名の研究者と3つの団体に対し、その内容を公開することを前提に片っ端から論争を申し込んだ結果、ほとんどの方が沈黙してしまったと言います。
邪馬台国の範囲を示す地図も書けない」「矛盾点を指摘されても回答できない」
ような中途半端な説は「国民をいたずらに惑わすだけであるから、今後唱えるのをやめるべき」だと言います。

 

このような性格ですから、嫌われ者になることも容易に想像できます。
しかし、氏は「論争の結果、自分が間違っているとわかれば、すぐ自説を取り下げる」と、どの本にも書いており、さらに公開論争という手段を選んだ理由について、もともと「ある二人の有名な学者にいい加減な言葉でもって門前払いされたことで、論争によって実力で壁を破らなければならいと思った」ことを告白しています。

 

また、ある国立大学名誉教授から「もう少し共存共栄できるようなやり方をしてもらいたい」と持ちかけられた際、「どの説が正しいのか一日も早く決着をつけて貴重な遺跡を保護しなければならない」と、申し出を断った話を紹介しています。

 

さらには、上記のような自説の展開についても
「読者の皆様は、私がずいぶんいい加減な解釈をしているように思われるかもしれない」
「私の解釈は100パーセント正解ではなくても~」
「細かい部分には間違いがあるかもしれないが、大筋では間違いないと確信している」
というような表現を自著の中で何度もしており、単に思い込みだけで自説を展開し、客観的なものの見方が全くできないようなタイプの人間ではないことがわかるし、また比定地論争に白黒つけようとする性格や考え方にも私は共感を覚えるものです。

 

よって、私は基本的に、大杉氏の「応援団」の立場をとり、氏の説の中の説得力のある根拠の部分を時々紹介することにします。

 

大杉氏の本は昔2冊読んだことがあったのですが、上のような理由から半分は読み流していたので、大事な部分なのに記憶に全く残っていないものがかなりありました。
それらの本は既に処分してしまいましたが、今手元に2冊別の本がありますのでそこから紹介したいと思います。
また、大杉氏以外の方の説や私の考えも同時進行で書いていきます。


大杉氏の説を、極めて大雑把に説明すると、
邪馬台国は、四国の山上
古事記の「高天原」は、徳島の山上
古事記の「出雲」は、徳島の海岸~吉野川中流
古事記の「葦原中国」は、吉野川中~上流域
古事記の内容も含め、ヤマト朝廷はその出自を隠すためのカムフラージュを行ったというもので、②~④に関しては、徳島の他のグループや研究者も中身は違うが同じような説を唱えています。
ちなみに大杉氏は、出身は岡山県で、東京や大阪で働いた後、仕事の関係で徳島に移住された方で、愛郷心だけでこのような説を主張しているのではないことは書いておかなければなりません。

 

つまり古事記古事記そのものを信用できない書物とする人は多いですが、とりあえず置いておいて)の「神話の舞台」は、全て徳島県内の話しだったという、九州や島根や長野の人には到底受け入れられないような、その他多くの人も笑い出すような、呆れ返るような話なのです。

 

物語が日本のあっちこっちに飛ぶから「いかにも神話」らしくて「ありがたみがある」のだし、しかしそのために「古事記は荒唐無稽な作り話」と言われるわけです。
古事記の話が全て実話なんて思っている人がいるわけもありませんが、「実話を元にして、それを脚色・デフォルメしたお話」と考える人は多いのです。
古事記の「神様」は架空の「神」と考える人と「人間」を「神格化」したものと考える人がいます。
私は「その両方」というのが正解ではないかと思います。

 

実話を元にしたと考える場合、物語の舞台が、実は隣接(たとえば、高天原葦原中国出雲国と伯伎國と日向と諏訪と黄泉の国など)する一地域内での話だったなら矛盾が消え去るのです。
それをまるで日本各地での出来事のようなスケールの大きい話にした、と。
そう信じさせるために、古事記に合わせて、後から各地に「神社」や「地名」をつくった、と。


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          邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争

 

※以下コメント(当時)

 

とにかく山上へ行けば、これは自然にできたものではない。と納得し、では誰がここにで、卑弥呼と浮かぶのが、私流の自然なのです。
観光でも利用もせず、ほとんど無関心の町民が住んでて、いちぶの学者が唱えてくれて、みんな山の上に来て観てよねって、思いませんか?
私は単なる野次馬の一人ですが。 
2009/3/29(日) 午後 0:40 阿波野ひみ子 

 

神話の世界は神話なのですから、誰も見たわけではないし、少なくともノンフィクションではない。小説と同じでフィクションを使って、太古の日本を描いているのでしょう。それをバカにしてはいけません。神話もないアメリカより、日本ははるかに歴史のある国だと認識すれば良い。 
2009/8/5(水) 午後 0:33 [ 人生の並木道 ] 

 

私はまだこの本を見たことがありません!!
どこで入手したのでしょうか・・・(*^^)v
大杉氏の説・・・納得出来ますが、少し強引なところも・・・。
しかし、ものすごく調べています!!
阿波が古事記の舞台であったことは・・・私は信じております♪
(^-^)♪ 
2009/8/5(水) 午後 9:46 [ すえドン ] 

 

発行は92年になってますね。いつどこで買ったのかも覚えていません。
記憶では4冊くらい読んだと思うんですが、手持ちは2冊です。
他の人の説とかぶる部分もありますが、オリジナル性が強いですね。
私は誰の説にせよ完璧なものはないから、勉強になる、参考になる部分部分を学ばせてもらえれば充分と考えています。
ほんと、広範囲に調べられていますよね。
現場主義なのもすえドンさんと合うんじゃないですか?
2009/8/6(木) 午前 0:24 のらねこぶるーす 返信する

 

以前の邪馬台国論争は推理小説を読む感覚でしたが、大杉さんの説は非常に具体的で大きな衝撃を受けました。写真の二冊は大本営発表(九州説・近畿説)に大きな疑問を持つきっかけになった本です。 
2009/8/6(木) 午前 6:30 [ 桜島

 

大杉氏の本を読んだだけのころは、「ほ~!」「でもなぁ~?」
というような半信半疑でしたが、その後いろいろな本を読んだり、自分で調べたりすると「おいおい!」(本当に何度も、そう声をあげました)と衝撃を受ける事実と出合い、信偽の比率が変化してきました。
もう抜けられそうにありません。 
2009/8/6(木) 午後 10:07 のらねこぶるーす 

 

今晩、第3回目の「古代に学ぶ未来講座」を受講してきました♪
「阿波」の凄さを、色々な分野の学問で検証しています!!
今回の講座は「古代農法」がテーマで、その内容は・・・「阿波」の凄さを実感出来ました!!
私は「忌部」から古代史の世界に入って行きましたが、結構それが良かったと感じています(^-^)♪ 
2009/8/6(木) 午後 10:55 [ すえドン ] 

 

漁業や海運に関しては、「道は阿波より」で何度も書かれていますが、同時に、どの分野でも深く研究すれば阿波に行きつく、と岩利氏が言っていますね。
すえドンさんもいずれ一冊本を書いてください。 
2009/8/6(木) 午後 11:02 のらねこぶるーす 

 

人生の並木道 さん。
私も以前は、神話は神話、と思っていたんですけれどね。

どうやらそうじゃないらしい、というのが、このブログの「不思議の徳島」のテーマです。まだまだ、ごく一部しか書いていないんです。
この阿波説を知らない人に興味を持ってもらえるように書く、という難題に挑戦中なのです。(笑) 
2009/8/6(木) 午後 11:48 のらねこぶるーす 

 

今晩は またお邪魔させて下さい、私は邪馬壱国(四国説)でいろいろ勉強してます、アカデミックで邪馬壱国を研究されてる方で辰砂に触れた人は皆無でしたが大杉説いらい辰砂を安本氏も書き始めました。ある意味大杉説は画期的だと思います。多少強引な説ではありますが、辰砂、真珠、チャート、橘にふれたところは大いに歓迎です。古田史学のように九州王朝で天智天皇も九州王朝の天子だとか 確かに九州は大陸からの玄関口でなんらかの国があったとは考えますが それが邪馬壱国だとは思いませんが、いろいろな説があって勉強するのは楽しいものです とにかく四国は不思議なものが沢山あって勉強のしがいがあります(^^
頑張りましょう(^^ 
2011/10/29(土) 午前 0:36 [ thig_le_8 ] 

 

今晩は 入力ミスをしてしまいました お邪魔させて下さいはミスです)
失礼しました 
2011/10/29(土) 午前 0:38 [ thig_le_8 ] 

 

コメント遅れて申しわけありません。
>とにかく四国は不思議なものが沢山あって勉強のしがいがあります

まさにこれですよね。
少しでも知ってしまうと各説には「前提の間違い」を感じてしまいます。頑張りましょうね。(^^) 
2011/11/5(土) 午後 11:28 のらねこぶるーす 

 

讃岐人です。
あなたの意見に賛同いたします。
たしかに大杉氏の想定の想定になっている部分は科学的ではないと思いますが、地名や神社名、空海の行動、歴史の空白的な部分の無理の無い解釈、中国等の文献との一致点など多いと思います。
書き方次第で、きっちりした論文ができると思います。
是非現地を歩いて回りたく思っています。 
2014/3/10(月) 午後 0:04 [ poc*1*70 ]