空と風 @ Hatena Blog

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不思議の徳島

『鳥の一族』を復習する 壱 賀茂建角身命

2012年に『鳥の一族』という古代史の記事を書き、その概略として「日本を建国した大国主一族という名の阿波忌部」を纏めました。過去に小生が書いたものの中では一番アクセスの多い記事です。 内容については、自分が間違っていたと気づけば、いつでも即座に…

龍の一族 1 大物主神と厳魂神社

金刀比羅宮 画像「うどん県旅ネット」 実は私、Facebookもやってるんですが、けっこう楽しいですね。特に、卒業以来会っていない小中高の同級生と、何十年かぶりに繋がれたりして感激することがあります。 最近「友達」になった高校時代の同級生の投稿を見て…

結局「邪馬臺国」ってどこなの?②

一方そのころ、我が日本はどんな姿だったのか? 漢書 卷二十八下 地理志第八下 燕地条 然東夷天性柔順 異於三方之外 故孔子悼道不行 設浮於海 欲居九夷 有以也夫 樂浪海中有倭人 分爲百餘國 以歳時來獻見云

結局「邪馬臺国」ってどこなの?①

上古の日本の姿を知りたいと思った時、まず史料とすべきものは8世紀の記紀となりますが、当然それらが編纂された時代以前の歴史は、各氏族間に何世紀も語り継がれた神話や伝承となります。もっとリアリティのある史料を求めると、中国史料を参考にするほかな…

『隋書』から倭(ヤマト)国の所在地を特定する④

又經十餘國 達於海岸 裴清が達した「海岸」とは一体どこか? 倭王遣小德阿輩臺 從數百人 設儀仗 鳴鼓角來迎 倭王の都の海岸です。 都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也 都とは、つまり、倭国の都である邪靡堆(やまと)の海岸です。 先に書いたように、この記録…

『隋書』から倭(ヤマト)国の所在地を特定する③

明年 上遣文林郎裴清使於倭國 度百濟 行至竹島 南望𨈭羅國 經都斯麻國 迥在大海中 又東至一支國 又至竹斯國 又東至秦王國 其人同於華夏 以為夷洲疑不能明也 翌(608)年、皇帝、文林郎、裴清を倭国に使わす。 百済を渡り、竹島に至り、南に𨈭羅国を望み、都…

『隋書』から倭(ヤマト)国の所在地を特定する②

『隋書』倭国伝 倭國 在百濟新羅東南 水陸三千里 於大海之中依山島而居 魏時 譯通中國 三十餘國 皆自稱王 夷人不知里數 但計以日 其國境東西五月行 南北三月行 各至於海 其地勢東高西下 都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也 古云去 樂浪郡境 及帶方郡並一萬二千…

『隋書』から倭(ヤマト)国の所在地を特定する①

夏、殷、周、秦の始祖は黄帝の子孫(らしい) いきなり主題から外れますが、『隋書』倭国伝の中には、かなり興味深い記述がありますので、その点に関し若干予習したいと思います。 文章をまとめるのが面倒なので、今回は主としてWikipedia等から引用抜粋(一…

旧唐書に見る倭国

前回、次は「他の中国正史に見る邪馬臺國の位置について書いてみようかな?」な~んて書いてから早2年が過ぎました。(笑) 前回「後漢書に見る倭国」で「当時の中国側から見た倭国の範囲とは広くとも西日本」と書きましたが、まずその外枠を確認したいと思…

後漢書に見る倭国 3

桓霊間倭國大亂 更相攻伐 暦年無主。 有一女子 名曰卑彌呼。 年長不嫁 事神鬼道 能以妖惑衆。於是共立為王。 侍婢千人 少有見者。唯有男子一人給飲食、傳辭語。 居處宮室樓觀城柵 皆持兵守衛。法俗嚴峻。 桓帝と霊帝の間(146-189年)、倭国は大いに乱れ、…

後漢書に見る倭国 2

「倭」で括られる国々には、それぞれ「(倭)王」がいる。 倭の中に「百余の国」があり、大倭王が治める国は「邪馬臺國」である。 邪馬臺國ヤマト国なのか?、邪馬壹國ヤマイ(チ・ツ)国なのか?、どの書にどっちの字が使われているとか言ったところでみな…

後漢書に見る倭国 1

※後漢 後漢(ごかん 25年 - 220年)は中国の王朝。 漢王朝の皇族劉秀(光武帝)が、王莽に滅ぼされた漢を再興して立てた。都は洛陽。 ※後漢書 成立は5世紀、南北朝時代の南朝宋の時代で、編者は范曄(はんよう 398年 - 445年)。 范曄著『後漢書』の成立は…

日本を建国した大国主一族という名の阿波忌部

阿波古事記研究会のシンポジウム用に発行された冊子に寄稿させていただきました。 文字数制限があったので、一旦書いたものをかなり削りましたが、ここでは逆に冊子のものから少し字数を増やしました。 内容は、当ブログの「鳥の一族」ダイジェスト版のよう…

阿波国の語源がわかりました 3

前回、あはれは阿波+礼で、その語源は阿波国にある、と考察してみたのですが、ではその「阿波」の語源が何なのか?というのが、そもそも今回のテーマだったのです。(忘れてました) 結論から言いますと、わかりません。 わかるかい! そんなに簡単に分か…

阿波国の語源がわかりました 2

前回に引き続き馬鹿を晒すことにしますが、私は徳島に生まれ育ち、阿波はずっとawaだと思ってきたのです。 だって、あらゆる場所で阿波はアワとフリガナされていますし、awaとキーボードを打てば阿波と変換されますし、『あわわ』という雑誌が『あはは』では…

阿波国の語源がわかりました

最初に断っておきますが、 タイトルは、嘘 です。 さて(何が“さて”じゃ)、徳島県は、昔、阿波の国と長の国から成っていました。 他にも、阿波三国説、四国以上あったとする阿波多国説があります。 ただ、古事記の国生み神話にも粟の国として登場し、長国の…

鳥の一族 18 賀茂氏のルーツ

葦原の中ノ国の王たる大国主命となった大穴牟遅命は、その後どうしたのでしょうか。 完成された住みよいクニを任されたわけではありません。 大国主命は大変な苦労を重ねて天の下の国造りに励みました。 この仕事は、とても一人の手に負えるような作業ではな…

鳥の一族 17 天火明命

前回予告した具体的な系図を書いてみるつもりでしたが、書き始めると全然違う内容になってしまったので次回持越しとします。 今回はまず、古事記における天孫の系図と、前回まで書いた私の説を(簡単に)書いて並べてみます。 ※古事記 - 天火明命 天照大御…

鳥の一族 16 玉依姫

古事記において「大御神」の称号が冠せられるのは、天照大御神の他には、伊邪那岐命と阿遅志貴高日子根神だけです。 高天原族の王位についた人物への尊称といえるでしょう。 2010年、阿波古事記研究会主催のシンポジウムで宮内庁の三木氏が講演しました…

鳥の一族 15 邇邇芸命

最初に高天原から天降った天神之子、須佐之男命は中国(ナカの国)の開拓を始めました。 しかし、記紀に見るように、それほど積極的ではなかったようです。 早々に隠居を考えた様子が「妣の国に行きたいと乞い願った」というエピソードになったのでしょう。…

鳥の一族 14 天孫降臨

9月30日の「たかじんのそこまで言って委員会」で、竹田恒泰氏が所功氏と女性宮家について議論されました。 番組を見ていない方は、検索をかけると、そのやり取りの一部始終が分かりますから、ご覧になって下さい。 ネットで批判する人も多いようですが、私…

※動画 三木信夫氏講演 大嘗祭と麁服神事

林 博章先生の動画と同じく、三木信夫氏の公園もアップされていたので紹介します。 「日本麻フェスティバル&フォーラム in栃木」での講演です。

※動画 アワ(阿波 安房 粟)交流記念講演会

いくおさんのブログで紹介されていた動画が興味深いので、こちらにも貼っておきます。 林 博章先生の小山市での講演の様子です。現地の方がアップしたようですね。

阿波から奈良へ、いつ遷都したのか

昨日、Facebookでこの出版物を知りましたので、早速入手しました。 著者は、阿波国古代研究所の笹田孝至先生です。 Facebookに「本」とありましたので、あちこち在庫検索しましたが、どこもヒットしません。 購入先が、徳島そごうの紀伊國屋書店と書かれて…

鳥の一族 13 須佐之男命

①には、たとえば、三貴子の兄弟が即位する、という方法があります。 月読命は、この継承物語に登場しません。 一方、須佐男命は、ご存知のように、高天原に上り、それを天照大御神に 「我が汝弟の命の上り来る由は、必ず善き心ならじ。我が国を奪はむと欲ふ…

鳥の一族 12 高天原

高天原の時代や古代日本を考えるとき、常に頭において思考しなければならないのは、その王家は必ず男系で継承されるという点です。 以前も書きましたが、前イスラエル駐日大使の一人に、エリ・コーヘン氏がおり、氏は数冊の日本に関する本を上梓されていま…

鳥の一族 11 土佐大神

松尾大社 (Wikipedia) 山城国において、大山咋神を祀る松尾神社が鎮座する松尾山は、別名を別雷山といいます。 同じく大山咋神を御祭神とする日吉大社で行われる「山王祭」は、大山咋神と鴨玉依姫が結ばれ賀茂別雷神を生むという神事です。 調べるほどに、…

阿波古事記研究会  Facebook

阿波古事記研究会 すみません。 今日見つけたもので。 遅ればせながら紹介させていただきます。 先月開設された、阿波古事記研究会の、「Facebookページ」です。

鳥の一族 10 高鴨神

葛木坐火雷神社 (Wikipedia) 岩利大閑説では、阿波国加茂山の丹田古墳は阿遅志貴高日子根神の神陵、古墳下の式内社鴨神社はその拝所、としています。 現在、鴨神社御祭神は『徳島県神社誌』でも、上賀茂神社と同じく可茂別雷命としており、岩利…

鳥の一族 9 賀茂(葵)祭

今回も安直に、wikipedia、神社ホームページ等の引用(抜粋)から記事を進めたいと思います。 賀茂祭 ○葵祭 wikipedia 葵祭(あおいまつり、正式には賀茂祭)は、京都市の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、5月15日(陰暦四月の中の…