空と風

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邪馬台国は四国にあった!?



う~ん。これでは大杉氏は消化不良でストレスがたまるでしょうねえ。
まあ、ご本人が自著で前から言っていたように「口下手で」「テレビ向き」ではないようです。
自分自身が出演するより、誰かに自説をまとめて発表してもらいたいんでしょうね。

その「代わり」に高校教諭で歴史研究家の林博章氏が雄弁に語っておられます。
しかしあれでは、お二人とも、自分の主張したいことの100分の1も喋れていない、という様子です。
番組としては、邪馬台国「徳島説」としての取り上げであり、大杉氏の「四国山上説」には固執していません。

魏志倭人伝の記述に「その死するや 棺有れど槨無く」とありますが、番組中の古墳「萩原二号墓」には「木槨」があるため、これは邪馬台国のことではないだろう、という指摘があると思います。

番組として「徳島説」でひとくくりにしているわけですが、番組に出演している誰一人として、この古墳のある鳴門の地を邪馬台国だと言っている人はいないのです。
大杉説の比定では、周辺国のひとつにあたるし、他の方のコメントは下に記すとおりです。


番組中の邪馬台国徳島説の根拠としては、魏志倭人伝の記述との比較で「行程」と、山に「丹(しゅ)」があるという特徴に若杉山遺跡を絡めて紹介しているだけです。
倭人伝に、「その山には丹あり」「朱丹を以てその身体に塗る」とあるからです。

「朱色」というのは、日本人にとって、古代も現在も特別な色です。
魔除けの色・神聖な色、であって、各地の古墳の内装にも多く使われ、その丹の原産地が阿波と言われています。

今でも鳥居に朱色が使われたり、印鑑の印肉の色も朱色です。
想像してください。
あれが「真っ赤」でも「ピンク」でも、もう駄目なのです。朱色でなければ印の効力が保たれないのです。
白地、黒色文字に、朱色の印、という組み合わせに、日本人はもっとも厳粛なものを感じるのです。



もうひとつの根拠とされる「行程」は世にごまんとある説のひとつでしかないし、他にも根拠としての「状況証拠」なら、いっぱいあります。


林氏や番組に登場した石野教授のようにアカデミックな立場の方々は、立場上、断定的な言葉で邪馬台国と直接結び付けたりはしません。
石野氏は、萩原二号墓を
卑弥呼が登場するのに大きな役割をはたした一族の墓」
の可能性があると表現し、林氏は、著書の中で
邪馬台国を支えた連合勢力の有力者、または卑弥が魏に使わした難升米や都市牛利のような人物の墓」
ではないか?と記しています。



国内最古の前方後円墳である「萩原二号墓」などを含め、阿波忌部研究の第一人者である林氏の著書を参考にすると、さらに面白い番組が作れると思います。
もう手をつけているような気もしますけどね。番組のネタとしては使えそうですし、それに関連したテーマもすでに取り上げているようです。
源頼朝の海人族の話などです。 

忌部の話も今後書く予定ですが、阿波忌部の正体は、今後明らかになるにつれ、日本全体の古代史に大きな影響を及ぼすと思います。

その阿波忌部直系の三木氏も、「阿波に何があった?」という質問に、

「大きな先進文化を持った部族がおったのは確実」

で、その後、その部族が

「阿波から近畿へ移動して日本の礎を築いた」

と語っていますが、忌部氏は、その部族のなかで、中心的役割を担った氏族であるからこそ、そう断言できるわけです。


その部族が「何」であったか?

は、断言できないから邪馬台国との関係には触れない。

しかし、その部族は近畿に渡り、日本の礎を築いた部族なのです。