ギィッ
男が待ち合わせ場所に指定してきた店のドアを、私は開いた。
店の中は薄暗く、見渡すとテーブル席が8つ。
先客は、壁際の席に若いカップル、窓際の席にはタバコを燻らせる初老の男が一人、一番奥の席にも顔は見えないが男がいるようだ。
男と私は、これまで互いに面識はない。
男に連絡した通り、私は目印の赤い薔薇を口に咥えて店に足を踏み入れた。
奥の席の男がおもむろに立ち上がり、こちらを見た。
その前まで私は進み、そこで初めて視線を合わせ、合言葉を口にする。
山
川
男は表情を崩し、私に向かって手を差し出した。
お会いできて光栄です、のらねこ大佐。
私もだよ、グータラ・キノベビッチ同志。
握力を込めて、その手を握り返す。
まあ掛けたまえ。
で、早速だが、例のブツは持ってきたんだろうな。
もちろんです、大佐。 こちらに・・・
男の視線の先には、椅子の上に無造作に置かれたそれがあった。
ちっ!
癖である舌打ちを私は抑えることができなかった。
男の適性を疑うと同時に強い怒りを感じたが、努めて平静を装った。
第一、それを発見したのは、この同志である。
その調査能力に関しては、疑う余地はない。
うかつでした、大佐。
今さらだが、男は膝の上にブツを抱え込む。
私は、キャメルにジッポーで火を点け、鏡面仕上げのシガーケースをテーブルの上に立てて置いた。
ウェイターに、ジャックダニエルのダブルをオーダーし、追い払うと、本題に入る。
で、中身はどうだった?
はい、上物です。
ですが、純度や成分は専門部署での精査が必要です。
私は、その白いブツに手を伸ばし、表面を指でなぞり、舌で一舐めした。
素晴らしい・・・。
それにしてもよく見つけたな。
今回の君の働きは私からも上層部に報告しておこう。
今回の君の働きは私からも上層部に報告しておこう。
ありがとうございます。
ですが、私は名誉や金のために動いたのではありません。
全てはこの国家のため・・・
ですが、私は名誉や金のために動いたのではありません。
全てはこの国家のため・・・
そうだな。
今度こそは、これでこの国をひっくり返すことができるかもしれない。
いえ、大佐。
正確には、この国の 歴史を、 です。
二人は、その言葉の意味を互いに噛みしめた。
当面は、君も身辺に十分注意することだ。
私は、テーブルのシガーケースに映し出された、背後の窓際の席で新聞を読むふりをしながら時折こちらの様子をうかがっている男の顔を記憶に刻みながら、同志に注意を促した。
しかし、こんなものが、あんなところから出てくるとは・・・
私はもう一度、そのブツに視線を落とした。
その白いブツの表面には、消えかかってはいるが、しっかりと筆書きの文字が記されていた。