空と風

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塩塚高原のススキ 2008

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昨年感動したので、また行ってきました。

今年は失敗でしたね。
去年とほとんど同じ10月の第3週だったわけですが、ススキの量が去年に比べると半分ぐらいでした。
ピークがもう少し早いことは知っていたんですが、仕事が休みの日で、他に用がなくて、快晴の日(太陽光で光るススキが綺麗)となると、行くことのできる日は限られます。

天気予報で今日は「快晴」と言っていたので、張り切っていたんですが、平地から見ても空が白く霞んでいました。
しかし、今日しかチャンスがないので迷わず車を走らせました。

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山の上だけ「木」が無いのが分かるでしょうか?
毎年春に山焼きをするので、木が育たずススキが原になるのです。

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ススキが少なく、感動がありません。
半分くらい下の緑が見えています。

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高知方向の山々。
案の定、空が霞んでいて、どの方向も綺麗に見えません。
瀬戸内海も見えませんでした。

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去年と同じポイントで、ラジコン飛行機を飛ばす人と、それを見物する人。

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昔は、四国山脈全体的に頂上部がこのように山焼きされていたようです。
祖谷の古地図には、剣山~祖谷一帯の山々が、全てこのようになっている絵がかかれています。
今でも、山城から祖谷にかけてドライブしていると、ところどころ山頂部だけススキが茂って光っているのを見かけます。ここほどの規模ではないので観光地化していないだけです。
邪馬台国四国山上説の大杉氏は、この様子を「馬の背を歩くよう」(向こうの山に続く「線」が道)とし、「変な馬が寄り集まったように見える」様子が「邪馬台」のネーミングになった、と説きます。

ススキのピーク時の快晴の日に、ここから見渡す限りの山々の上部が全てきらきら金色に光っている様子を想像すると、かなりの興奮ものです。
私は、その様子が「黄金の国」の呼称の元ではないか?と連想します。
もちろん、そのころの日本の「金」の産出量も凄かったんですけどね。

好条件の日に、この場所に立ってみれば、私の想像が決して大げさでもないことが誰にも分かってもらえるでしょう。

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来年は、あと半月早く行くぞ~!!